20260301 東淀川教会礼拝宣教要旨「イエスの涙」ヨハネ福音書11章32−44節
2026年3月1日
Table of Contents
本日の聖書箇所
マリアはイエスのおられる所に来て、イエスを見るなり足元にひれ伏して、「主よ、もしここにいてくださいましたら、私の兄弟は死ななかったでしょうに」と言った。(32)
イエスは、彼女が泣き、一緒に来たユダヤ人たちも泣いているのを見て、憤りを覚え、心を騒がせて、(33)
言われた。「どこに葬ったのか。」彼らは、「主よ、来て、御覧ください」と言った。(34)
イエスは涙を流された。(35)
ユダヤ人たちは、「御覧なさい、どんなにラザロを愛しておられたことか」と言った。(36)
しかし、「盲人の目を開けたこの人も、ラザロが死なないようにはできなかったのか」と言う者もいた。(37)イエスは、再び憤りを覚えて、墓に来られた。墓は洞穴で、石で塞がれていた。(38)
イエスが、「その石を取りのけなさい」と言われると、死んだラザロの姉妹マルタが、「主よ、もう臭います。四日もたっていますから」と言った。(39)
イエスは、「もし信じるなら、神の栄光を見ると言ったではないか」と言われた。(40)
人々が石を取りのけると、イエスは目を上げて言われた。「父よ、私の願いを聞き入れてくださって感謝します(41)
私の願いをいつも聞いてくださることを、私は知っています。しかし、私がこう言うのは、周りにいる群衆のためです。あなたが私をお遣わしになったことを、彼らが信じるようになるためです。」(42)
こう言ってから、「ラザロ、出て来なさい」と大声で叫ばれた。(43)
すると、死んでいた人が、手と足を布で巻かれたまま出て来た。顔は覆いで包まれていた。イエスは人々に、「ほどいてやって、行かせなさい」と言われた。(44)
宣教要旨「イエスの涙」
本日の聖書箇所とは直接関係ありませんが、先日のNHK朝ドラ「バケバケ」で、ハーンと妻トキが、呪われている、祟られていると避けられているイセという女性から、呪いの内容を聞く場面がありました。トキはイセの座っていた座布団にそのまま座り、その呪いを自分に引き受けながら、呪いを引き受けることができた喜びを倒れながら表現します。起き上がった後、イセに「呪いは私も引き受けたから、これからはあなたに起こることは悪いことばかりではない」と語りかけます。この呪われて病んでいる人に直接触れ、呪いを引き受け、病んでいる人を立ち上がらせる姿は、預言者エリアやイザヤたちの姿であり、イエスの姿でもありました。
福音書の中で“イエスが涙を流された”と記されているのは二箇所。
①「イエスはエルサレムに近づき、都が見えたとき、その都のために泣いた」(ルカ19章41節)→イエスの処刑が30年頃。福音書が書き記されたのが7〜80年頃から。ルカ福音書やヨハネ福音書は1世紀末か2世紀の初め頃と言われています。70年にエルサレム神殿とユダ国の崩壊、民族離散の後に書かれており、その悲劇を先取りして涙したことになります。(110万人死亡 民族離散 ユダヤ戦記)
②そして本日の聖書箇所。11章の最初から読むと、イエスがラザロを死なせない、或いは生き返らせるためにマリアやマルタのもとに赴いたのではないことが伝わってきます。では、「イエスは涙を流された。」とはどのような涙だったのでしょうか。
…イエスは病気を癒やすためや、死んだ人間を生き返らせるために立ち上がられたわけではありません。キリスト教徒になるとイエスの再臨とともに復活できる、死んでも死なない、などの言い伝えが生まれ、「神との取り引き」「希望」「信」が生まれました。それがラザロの復活劇としてヨハネ福音書描かれたのでしょう。
福音書の中で“イエスが涙を流された”と記されているのは二箇所。
①「イエスはエルサレムに近づき、都が見えたとき、その都のために泣いた」(ルカ19章41節)→イエスの処刑が30年頃。福音書が書き記されたのが7〜80年頃から。ルカ福音書やヨハネ福音書は1世紀末か2世紀の初め頃と言われています。70年にエルサレム神殿とユダ国の崩壊、民族離散の後に書かれており、その悲劇を先取りして涙したことになります。(110万人死亡 民族離散 ユダヤ戦記)
②そして本日の聖書箇所。11章の最初から読むと、イエスがラザロを死なせない、或いは生き返らせるためにマリアやマルタのもとに赴いたのではないことが伝わってきます。では、「イエスは涙を流された。」とはどのような涙だったのでしょうか。
…イエスは病気を癒やすためや、死んだ人間を生き返らせるために立ち上がられたわけではありません。キリスト教徒になるとイエスの再臨とともに復活できる、死んでも死なない、などの言い伝えが生まれ、「神との取り引き」「希望」「信」が生まれました。それがラザロの復活劇としてヨハネ福音書描かれたのでしょう。
誰もが死を怖れますが、命を吹きこまれた神のもとに帰ることができるのは、まちがいなく「希望」です。ですから、「イエスがここにいてくださったら、ラザロは死ななくて済んだのに」は間違った死の理解です。
死を永遠に吞み込んでくださる主なる神はすべての顔から涙を拭い、その民の恥をすべての地から消し去ってくださる。(イザヤ書25章 8節)
イザヤ書53章には、神が僕を送り世の最下部(しんがり)に立ち、しんがりの人を支えるとあります。それは世の苦しみに泣く(泣かされる)人(神の子)とともに泣く神の姿です。イエスはイザヤの声を聴き、神に用いられる僕として立ち上がったと私も信じています。
三浦綾子の文学作品「母」(4月に劇団文化座による上演)について、研究者上出恵子さんのお話を伺うことができました。小説『母』は、1933年(日本、国際連盟脱退)2月に特高警察に拷問死させられたプロレタリア文学作家小林多喜二の母親セキを描いた作品。刑務所にいる多喜二に手紙を出すために57歳から文字を学んだ母。遺品から見つかった一篇の鉛筆書きの詩。
ああ またこの二月がきた ほんとうにこの二月という月はいやな月 声をいっぱいに泣きたい どこにいても泣かれない….
三浦綾子氏は聖書の中で“イエスは涙を流された”の聖句が好きだったとのこと。世のどん尻に立たされた人のために涙を流されたイエスは、大声で泣くことすら禁じられていた小林多喜二の母セキとともに涙を流された姿を感じたのでしょう。
(母セキ 後にプロテスタントの牧師と聖書に出会い、おそらく自分と一緒に泣いてくださるイエスを感じ受洗し、更に息子多喜二の思いを知るために共産党入党し、1961年88歳で招天されました)