20260726 東淀川教会礼拝宣教要旨「イエスは最高のジャーナリスト」ルカ福音書15章
聖書箇所 ルカによる福音書15章 11-32節
また、イエスは言われた。「ある人に息子が二人いた。(11) 弟のほうが父親に、『お父さん、私に財産の分け前をください』と言った。それで、父親は二人に身代を分けてやった。(12) 何日もたたないうちに、弟は何もかもまとめて遠い国に旅立ち、そこで身を持ち崩して財産を無駄遣いしてしまった。(13) 何もかも使い果たしたとき、その地方にひどい飢饉が起こって、彼は食べるにも困り始めた。(14) それで、その地方に住む裕福な人のところへ身を寄せたところ、その人は彼を畑にやって、豚の世話をさせた。(15) 彼は、豚の食べるいなご豆で腹を満たしたいほどであったが、食べ物をくれる人は誰もいなかった。(16) そこで、彼は我に返って言った。『父のところには、あんなに大勢の雇い人がいて、有り余るほどのパンがあるのに、私はここで飢え死にしそうだ。(17) ここをたち、父のところに行って言おう。「お父さん、私は天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。(18) もう息子と呼ばれる資格はありません。雇い人の一人にしてください。」』(19)
そこで、彼はそこをたち、父親のもとに行った。ところが、まだ遠く離れていたのに、父親は息子を見つけて、憐れに思い、走り寄って首を抱き、接吻した。(20) 息子は言った。『お父さん、私は天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。もう息子と呼ばれる資格はありません。』(21) しかし、父親は僕たちに言った。『急いで、いちばん良い衣を持って来て、この子に着せ、手に指輪をはめてやり、足には履物を履かせなさい。(22) それから、肥えた子牛を引いて来て屠りなさい。食べて祝おう。(23) この息子は、死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったからだ。』そして、祝宴を始めた。(24)ところで、兄のほうは畑にいたが、家の近くに来ると、音楽や踊りの音が聞こえてきた。(25) そこで、僕の一人を呼んで、これは一体何事かと尋ねた。(26) 僕は言った。『弟さんが帰って来られました。無事な姿で迎えたというので、お父上が肥えた子牛を屠られたのです。』(27) 兄は怒って家に入ろうとはせず、父親が出て来てなだめた。(28) しかし、兄は父親に言った。『このとおり、私は何年もお父さんに仕えています。言いつけに背いたことは一度もありません。それなのに、私が友達と宴会をするために、子山羊一匹すらくれなかったではありませんか。(29) ところが、あなたのあの息子が、娼婦どもと一緒にあなたの身代を食い潰して帰って来ると、肥えた子牛を屠っておやりになる。』(30) すると、父親は言った。『子よ、お前はいつも私と一緒にいる。私のものは全部お前のものだ。(31) だが、お前のあの弟は死んでいたのに生き返った。いなくなっていたのに見つかったのだ。喜び祝うのは当然ではないか。』」(32)
イエスは最高のジャーナリスト 芥川龍之介 「西方の人」より
※ジャーナリスト(ジャーナリズム)
ある意図を持って特定の人々に情報を知らせるのではなく、隠された真実を明らかにしようとし、助けを必要とする人々の現実を広く知らせ、助けられる人々を引き起こし、助け合う人の輪を支援し続ける者。
芥川はイエス・キリストを最高のジャーナリストとして描いているように感じられます。
「我々は唯我々自身に近いものの外は見ることは出来ない。少くとも我々に迫つて来るものは我々自身に近いものだけである。クリストはあらゆるジヤアナリストのやうにこの事実を直覚してゐた。花嫁、葡萄園、驢馬、工人(職人)――彼の教へは目のあたりにあるものを一度も利用せずにすましたことはない。「善いサマリア人」や「放蕩息子の帰宅」はかう云ふ彼の詩の傑作である。抽象的な言葉ばかり使つてゐる後代のクリスト教的ジヤアナリスト――牧師たちは一度もこのクリストのジヤアナリズムの効果を考へなかつたのであらう。彼は彼等に比べれば勿論、後代のクリストたちに比べても、決して遜色のあるジヤアナリストではない。彼のジヤアナリズムはその為に西方さいほうの古典と肩を並べてゐる。彼は実に古い炎に新しい薪まきを加へるジヤアナリストだつた。」
芥川は一時期新聞社の記者を経験していた。イエスの情熱、宣教活動、人々との交流などの核心にあったものを“ジャーナリズム”と定義している。おそらく、イエスがあちこちで語り、流布された“放蕩息子の帰還話”は、イエスの話を聞いた人々にとってそのまま「神さまの御心」についてての宣教として伝わったのでしょうし、イエスの“人を裁いてはならない”や、“人を許せ。徹底して許せ”などの話以上に、人々の心に染み通った“愛の律法”だったのでしょう。
「ジヤアナリズム至上主義者」
「クリストの最も愛したのは目ざましい彼のジャアナリズムである。若し他のものを愛したとすれば、彼は大きい無花果いちじゆくのかげに年とつた予言者になつてゐたであらう。平和はその時にはクリストの上にも下つて来たのに相違ない。彼はもうその時には丁度古代の賢人のやうにあらゆる妥協のもとに微笑してゐたであらう。しかし運命は幸か不幸か彼にかう云ふ安らかな晩年を与へてくれなかつた。それは受難の名を与へられてゐても、正に彼の悲劇だつたであらう。けれどもクリストはこの悲劇の為に永久に若々しい顔をしてゐるのである。」
バプテスマのヨハネもジャーナリストの道を貫いた結果、闇の中で捕えられ、殺害された。イエスの十字架への道、孤独な十字架での受難も、自らの保身や平安を求めず、ジャーナリズムを貫いたゆえである、と芥川は語っているようです。次週、次次週にかけて、芥川がジャーナリスト・イエスから何を受け取ったのかについて、更に、西方の人、続西方の人を書き上げて自死に向かった芥川の思いについて、掘り下げてみたいと思います。