191222 宣教要旨 クリスマス礼拝 イザヤ53:8-12 ルカ2:8-14 題「イエスこそ希望」

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191222 宣教要旨 クリスマス礼拝 イザヤ53:8-12 ルカ2:8-14 題「イエスこそ希望」 宣教 金田恆孝

イザヤ書53章8節~12節
 彼は暴虐なさばきによって取り去られた。その代の人のうち、だれが思ったであろうか、彼はわが民のとがのために打たれて、生けるものの地から断たれたのだと。
彼は暴虐を行わず、その口には偽りがなかったけれども、その墓は悪しき者と共に設けられ、その塚は悪をなす者と共にあった。しかも彼を砕くことは主のみ旨であり、主は彼を悩まされた。
彼が自分を、とがの供え物となすとき、その子孫を見ることができ、その命をながくすることができる。かつ主のみ旨が彼の手によって栄える。
彼は自分の魂の苦しみにより光を見て満足する。義なるわがしもべはその知識によって、多くの人を義とし、また彼らの不義を負う。それゆえ、わたしは彼に大いなる者と共に物を分かち取らせる。
彼は強い者と共に獲物を分かち取る。これは彼が死にいたるまで、自分の魂をそそぎだし、とがある者と共に数えられたからである。しかも彼は多くの人の罪を負い、とがある者のためにとりなしをした。

ルカによる福音書2章8節~14節
 さて、この地方で羊飼たちが夜、野宿しながら羊の群れの番をしていた。
すると主の御使が現れ、主の栄光が彼らをめぐり照したので、彼らは非常に恐れた。御使は言った、「恐れるな。見よ、すべての民に与えられる大きな喜びを、あなたがたに伝える。
きょうダビデの町に、あなたがたのために救主がお生れになった。このかたこそ主なるキリストである。
あなたがたは、幼な子が布にくるまって飼葉おけの中に寝かしてあるのを見るであろう。それが、あなたがたに与えられるしるしである」。
するとたちまち、おびただしい天の軍勢が現れ、御使と一緒になって神をさんびして言った、「いと高きところでは、神に栄光があるように、地の上では、み心にかなう人々に平和があるように」。

聖書に聴く 「イエスこそ希望」  牧仕 金田恆孝

 2020年を目前にしている今。「希望」なんぞが見当たらない時代。「まず神ありき」のときを「神なし」でやり過ごし、神から与えられている「天然」を「自然」と呼び慣らし、天然資源を食い尽くすための開発対象としてしまって久しい。自然界への放射能汚染も経済発展と引き換えに歯止めは止まらない。人間の労働力の価値そのものが極端に下がり続けている。最大の武器である原子爆弾も地上の動物や人間すべてを何回も滅びし尽くすほどの量を蓄えながら、まだ他国への恫喝・戦争手段として競い合っている。

 人間の死亡原因1位の癌がこれまでの「3人に1人」から「3人に2人」へと近づいているとの専門機関の分析あり。
 子どもやおとなに広がっている「自閉症」「統合失調症」の原因は農作物に使われる農薬が第一原因とする報告が研究機関から出されている。肺気腫・肺癌の急速な広がりの原因は、台所や病院で使われる消毒・殺菌剤・消臭剤にあるという専門機関の報告が出されている。男性の精液中にある精子の数そのものが極端に減少しているとの不妊治療を行っている医療機関での調査報告もある。受精卵の遺伝子検査に象徴されるごとく、「いのちは神さまからの贈りもの」という認識そのものが消えかかっている。
 民、人間の咎(とが)、争いのために失ったものはあまりに大きい。人間の責任範囲、弁済、修繕可能範囲を遙かに超えている。この咎の許しを請う供え物となるメシア預言がイエス誕生より700年以上前になされた。

 文字通り弱肉強食、虚栄と欺瞞に満ち、「希望なき時」に、イザヤをはじめとする予言者たちのメシア預言成就の知らせが、低賃金・肉体労働者たる「羊飼い」に響いた、と福音書は伝える。
 こどもたちに語って聴かせたい「希望」をおとなたちが持っていない時代。だからこそ、おとなたちは希望を探し出すしかない。

 十字架という死刑台に、たったひとりで、逃げもせず向かったイエスこそ、もっとも大きな、計り知れぬ「希望」を背負っていたはずです。 いまこそ、イエスが抱いていた希望に与りたいとせつに願うわものです。

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