20241006 東淀川教会礼拝宣教要旨 ユダの福音書11章
第11章 やり取りの続き ー世界の運命についてー
1節 ユダはイエスに言った。「では、地上の人々はどうなるのでしょうか?」
2節 大きな国々がそれぞれの神話、星の物語とともに現れます。アダムとエバの子孫の国も現れ、伝承や預言を受け継ぎます。それから彼らはイエスの名によって不品行をし、勢力を拡大し、一族の中で分裂し、その国はやがて滅びるでしょう。ユダよ、あなたの星は13番目の世界に属するでしょう。
3節 その後イエスは笑った。ユダは「師よ、なぜ笑うのですか?」と尋ねた。
4節 イエスは答えて言った。「あなた方のことを笑ったのではありません。星々の誤り(様々な神話と国々の誤り)を笑っているのです。六つの文明勢力と五人の巨大な王たちの争いには勝者はなく、それぞれの神話と、地上の被造物とともにやがて滅びるだろうからです。
宣教要旨 「地上の国々の運命」 (堕落する世界)
ユダ福音書の背景であるグノーシス主義の宇宙観、天上界、神々の物語は日本神話の構造によく似ています。
天上の超越的な神の世界(たかみむすひ・かみむすひ・てんのみなかぬし)、中間界ともいえる天地の間に善悪を含む神々と人間とが混在している世界(いざなぎ・いざなみ・すさのお…)、そして中間界から地上に降りた神々の末裔(ににぎ….神武天皇…)や人間が住む地上世界の三層構造です。
ユダの福音書は、一世紀後半から二世紀にかけて書かれたのだろうと言われています。この時期は、地中海周辺に広がった古代ローマ帝国の五賢帝の時代、勢力を拡大し栄華を誇った時代と重なります。
11章では、民族や国々が争い続ける地上の未来についてユダがイエスに尋ねている場面です。イスラエル民族を「選民」とするユダヤ教に代わり、民族を超えてイエスをメシア、神と同格のキリストと告白し洗礼を受けた人々を「選民」とする群れ、キリスト教が生まれ、1世紀後半、国家を超えたキリスト教のネットワークを築き始めていました。
この排他的「選民思想」と、ローマ帝国の広がりの両方にユダの福音書は批判的な目を向けています。排他的なセクト化した集団は勢力争い、戦争に明け暮れ、やがて滅びるだろう、と語ります。「六つの巨大勢力と五人の巨大な王」とは、当時のローマ帝国や地中海周辺や中東、西アジア、中央アジアなどを含んだ、様々な勢力関係図が念頭にあったのでしょう。
ここに描かれているイエス像は、神の子と呼ばれることや崇拝されることを拒否し、イスラエルの歴史に登場を期待されていたメシア像を拒否し、政治や宗教的指導者像、軍事的指導者像も拒否しているイエスであり、この世で疎外され続けている人の“神の子”としての復権を図り続けるイエス像は、新約聖書に描かれるイエス像とはズレていて、むしろ“トリックスター”に近い。
3節、4節の“イエスの笑い”で、ゼウスの娘アストレアの神話を思い出します。先祖たちや仲間や神々と地上で一緒に生きる、活かされることがなくなり、利害関係の人間だけが地上を占め、公正に善悪を裁けなくなったとき、人間が積み上げてきたと自負している文明や社会秩序なんぞは滅ぶよ、という笑い声に感じられるのです。