20241110 東淀川教会礼拝宣教要旨「クニ」への神の憤り イザヤ書34章 マルコ福音書13章
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聖書箇所イザヤ書34章1-4節
国々よ、近づいて聞け。諸国の民よ、心して聞け。聞け、地とそこに満ちるもの 世界とそこから生ずるすべてのものよ。 (1)
主はすべての国々に向かって怒り そのすべての軍隊に向かって憤られる。主は彼らを滅ぼし尽くし 彼らを屠るために引き渡された。(2)
殺された者たちは投げ捨てられ 死体は悪臭を放ち 山々はその血によって溶け出す。(3)
天の全軍は朽ち果て 天は巻物のように巻かれる。その全軍は枯れ落ちる。ぶどうの葉が枯れ落ち いちじくが木から枯れ落ちるように。(4)
マルコ福音書13章33-37 節
「気をつけて、目を覚ましていなさい。その時がいつであるか、あなたがたは知らないからである。(33)
それはちょうど、家を後に旅に出る人が、僕たちに責任を与えてそれぞれに仕事を託し、門番には目を覚ましているようにと、言いつけるようなものである。(34)
だから、目を覚ましていなさい。いつ家の主人が帰って来るのか、夕方か、夜中か、鶏の鳴く頃か、明け方か、あなたがたには分からないからである。 (35)
主人が突然帰って来て、あなたがたが眠っているのを見つけるかもしれない。(36)
あなたがたに言うことは、すべての人に言うのだ。目を覚ましていなさい。」(37)
宣教要旨「クニ」への神の憤り
イスラエル民族は元々遊牧民であり、移動し続ける民であり、土地は神のものであり、土地を所有しない民でした。特定の故郷を持たない人々です。
「あなたのお国はどこかね?」
近年まで日本人にとってのクニは信濃の国、出雲の国、摂津の国など、故郷の周辺を指す言葉でした。
明治以降のクニは軍事国家日本の領土という概念・カテゴリーに変わりました。軍事力で守らなくてはならない領土。
イスラエル民族の約束の地カナン(パレスチナ)への入植に際し、モーセは12部族毎に別々の地に分かれて入植するよう指示していたと思われます。先住の部族との戦争を避けて友好的に定着するためと思われます。が、結果的には軍事力を背景にした侵略により二つの王国が成立、終にはダビデ、ソロモン王による巨大な南ユダ王国が築かれました。どの時代も預言者たちは戦争に反対し王に迫害され続けました。イザヤは軍事国家・戦争に反対し続けた代表的な預言者でした。
イザヤは、国家と領土が王と軍事力によって成り立っており、国家に依存し守られようとすることは、神に依存し神に守られることと相容れない、と主張し続けました。イザヤだけでなく、多くの預言者たちが軍事力による国家の維持、戦争に反対し続け、迫害されたり殺されたりしました。
イエスの時代はユダ国はヘロデ王、ローマ帝国のもとで翻弄されながら、更に神殿政治や神殿税に弱い立場の人々は苦しめられていました。被害を訴える裁判所も互いが守り合える自治組織もなく、戦争が起これば砂漠地帯や人のあまり住んでいない山や土地に逃げるほかなかった。気配を察していち早く仲間と避難しなければならない。そのためにいつでも“醒めている”ことが大前提なのだろう。強い国に服従したり、強い支配者の奴隷になる人々の選択を否定しないが、それが「加害者側」の立場になることをイエスは語っていました。
ローマに税金を納めるべきかどうか、という問いに、イエスの「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に」との応答は、国家に守られることと神に守られることは相容れない、というイエスのメッセージだったのでしょう。王権神授説などは、相容れないものをむりやり相容れるものに変えてしまった結果なのでしょう。
国々が争い軍事的に制圧した側の国が制圧された側の土地を所有する歴史は終わったかに見えましたが、大国の思惑と壊滅的な大量の原子爆弾を背景に2024年も国と民族の戦争が続いています。米国の大統領選挙結果にも希望は見いだし難い。みずから壊滅的な破壊、崩壊をたぐり寄せようとしているかに見えます。
絶えず醒めていて、いざとなればクニなど守ろうとせず、さっさと逃げるべきなのでしょう。
国籍離脱の自由 国籍法第十三条
「外国の国籍を有する日本国民は、法務大臣に届け出ることによつて、日本の国籍を離脱することができる。」
この国は古代、奈良時代と異なり、外国人、難民受け入れの門は殆ど閉ざしている自閉系のクニです。
生きづらい日本を離れ、新たな可能性を求めて国籍を離脱する若者が増えてきたら、このクニも元気になるかなと想像します。国際化せざるをえない日本の明日を若者とともに考えたい。