20250817 東淀川教会礼拝 マルコ福音書5章21ー43節 宣教要旨「少女よ立ち上がれ」

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聖書箇所 マルコによる福音書5章 21〜43節

イエスが舟で再び向こう岸に渡られると、大勢の群衆がそばに集まって来た。イエスは湖のほとりにおられた。(21)
会堂長の一人でヤイロと言う人が来て、イエスを見ると足元にひれ伏して、(22)
しきりに願った。「私の幼い娘が死にそうです。どうか、お出でになって手を置いてやってください。そうすれば、娘は助かり、生きるでしょう。」(23)
そこで、イエスはヤイロと一緒に出かけられた。大勢の群衆も、イエスに押し迫りながら付いて行った。(24)
さて、ここに十二年間も出血の止まらない女がいた。(25)
多くの医者からひどい目に遭わされ、全財産を使い果たしたが、何のかいもなく、かえって悪くなる一方であった。(26)
イエスのことを聞いて、群衆の中に紛れ込み、後ろからイエスの衣に触れた。(27)
「せめて、この方の衣にでも触れれば治していただける」と思ったからである。(28)
すると、すぐに出血が止まり、病苦から解放されたことをその身に感じた。(29)
イエスは、自分の内から力が出て行ったことに気付いて、群衆の中で振り返り、「私の衣に触れたのは誰か」と言われた。(30)
弟子たちは言った。「群衆があなたに押し迫っているのがお分かりでしょう。それなのに、『私に触れたのは誰か』とおっしゃるのですか。」(31)
しかし、イエスは触れた女を見つけようと、辺りを見回された。(32)
女は自分の身に起こったことを知って恐ろしくなり、震えながら進み出てひれ伏し、すべてをありのまま話した。(33)
イエスは言われた。「娘よ、あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい。病苦から解放されて、達者でいなさい。」(34)
イエスがまだ話しておられるときに、会堂長の家から人々が来て言った。「お嬢さんは亡くなりました。もう、先生を煩わすには及ばないでしょう。」(35)
イエスはその話をそばで聞いて、「恐れることはない。ただ信じなさい」と会堂長に言われた。(36)

そして、ペトロ、ヤコブ、またヤコブの兄弟ヨハネのほかは、誰も付いて来ることをお許しにならなかった。(37)
一行は会堂長の家に着いた。イエスは人々が大声で泣きわめいて騒いでいるのを見て、(38)
家の中に入り、人々に言われた。「なぜ、泣き騒ぐのか。子どもは死んだのではない。眠っているのだ。」(39)

人々はイエスを嘲笑った。しかし、イエスは皆を外に出し、子どもの父母、それにご自分の供の者だけを連れて、子どものいる所へ入って行かれた。(40)

そして、子どもの手を取って、「タリタ、クム」と言われた。これは、「少女よ、さあ、起きなさい」という意味である。(41)

少女はすぐに起き上がって、歩きだした。十二歳にもなっていたからである。それを見るや、人々は卒倒するほど驚いた。(42)
イエスはこのことを誰にも知らせないようにと厳しく命じ、また、少女に食べ物を与えるようにと言われた。(43)

 

 

宣教要旨「少女よ立ち上がれ」
 イエスたちの活動を通して発せられているイエスのメッセージの中で重要な重みを持っている記事。

死にかけている少女と、長血の娘とで、女性の悲しみの全体を表現しているように感じる。

 会堂司の娘は12歳頃。少女・子どもから大人に変わる頃だが、“死にかけている”とは女性としての未来、生きにくさへの絶望を表している。

 必死の思いで近づいてイエスに触れた女性は12年間の長血の病。個人の不幸につけ込んだ医者によって全財産を失ってしまった大凡24歳。受難の女性。男性特有の病よりも女性特有の婦人病の方が同席を疎まれやすい。こっそり触れることでイエスの霊力に癒されたが隠しきれず、イエスに申し出て霊力の授受関係が明らかになり治癒が完結した。

 少女は死んだと周囲は判断したが、イエスが別室で治癒行為を行う。タリタ・クム(少女よ起きなさい・立ち上がりなさい)のアラム語表記は、イエスが全身全霊・命懸けで相手を癒したことのしるしなのでしょう。

 武力が国力を決める男性中心の社会では、女性に妊娠・出産・子育て等が委ねられているにも関わらず女性の立場が低められ、“産めよ増えよ地に満ちよ”の神による祝福もどこへやら、母の立場や母子が守られない社会(日本もそうですが)であることをイエスは厳しく責めていますが、同時に、“少女よ、自立し、強く立ち上がり、強く歩みなさい”と促しています。

 生きる力を失った少女を立ち上がらせ、見守る人々に少女への食事をお願いしている。これこそがイエスの癒し行為、介護であり治療なのでしょう。

 世界中で難民の数が増え続け、あちこちで戦闘が止まず、弱い立場のこどもたちと母たちの受難が続いています。主イエスの“タリタ・クム”の声をあちこちで聴きたい。

 

 

 

 

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