20210606  宣教要旨「神の子・人間の回復」宣教担当 金田恆孝

Pocket

このエントリーをはてなブックマークに追加

創世記1章 26-28節
神は言われた。「我々のかたちに、我々の姿に人を造ろう。そして、海の魚、空の鳥、家畜、地のあらゆるもの、地を這うあらゆるものを治めさせよう。」
神は人を自分のかたちに創造された。/神のかたちにこれを創造し/男と女に創造された。
神は彼らを祝福して言われた。「産めよ、増えよ、地に満ちて、これを従わせよ。海の魚、空の鳥、地を這うあらゆる生き物を治めよ。」

創世記3章 7節
すると二人の目が開かれ、自分たちが裸であることを知った。彼らはいちじくの葉をつづり合わせ、腰に巻くものを作った。

マルコによる福音書1章 16-18節
イエスは、ガリラヤ湖のほとりを通っていたとき、シモンとシモンの兄弟アンデレが湖で網を打っているのを御覧になった。彼らは漁師だった。イエスは、「私に付いて来なさい。人間をとる漁師にしよう」と言われた。二人はすぐに網を捨てて従った。


ルカによる福音書5章 8-11節
これを見たシモン・ペトロは、イエスの膝元にひれ伏して、「主よ、私から離れてください。私は罪深い人間です」と言った。
とれた魚にシモンも一緒にいた者も皆驚いたからである。
シモンの仲間、ゼベダイの子ヤコブとヨハネも同様だった。すると、イエスはシモンに言われた。「恐れることはない。今から後、あなたは人間をとる漁師になる。」そこで、彼らは舟を陸に引き上げ、すべてを捨ててイエスに従った。

ヨハネによる福音書1章 43-48節
その翌日、イエスはガリラヤへ行こうとしたときに、フィリポに出会って、「私に従いなさい」と言われた。
フィリポは、アンデレとペトロの町、ベトサイダの出身であった。
フィリポはナタナエルに出会って言った。「私たちは、モーセが律法に記し、預言者たちも書いている方に出会った。ナザレの人で、ヨセフの子イエスだ。」
ナタナエルが、「ナザレから何の良いものが出ようか」と言うと、フィリポは、「来て、見なさい」と言った。
イエスは、ナタナエルがご自分の方へ来るのを見て、彼のことをこう言われた。「見なさい。まことのイスラエル人だ。この人には偽りがない。」
ナタナエルが、「どうして私を知っておられるのですか」と言うと、イエスは答えて、「私は、あなたがフィリポから話しかけられる前に、いちじくの木の下にいるのを見た」と言われた。
48:ヨハネによる福音書/ 01章 49節
ナタナエルは答えた。「ラビ、あなたは神の子です。あなたはイスラエルの王です。」

宣教要旨『神の子・人間の回復』

 イエスの「従ってきなさい。あなたを人間を漁る漁師にしよう。」のメッセージにはずっと違和感があった。
 福音書が書き記された50〜60年頃はパウロのガラテヤ人への手紙が書かれた頃であり、すでにユダヤ教から離れて“キリスト教団”が形成され始めていた。イエスがともに働く仲間を求めた姿と、自分たちが“イエスこそ再臨のメシア”と宣教し、キリスト教団の仲間を増やす姿が重なってしまうのは止むを得ない。今日でも「伝道」とは「教会員を増やすこと」と心得る方々は多い。だから“人間を漁る(getする)漁師にしよう”の表現になったと思われる。だがイエスは新しい派閥を起こそうとしなかったし、人を集めて派閥(セクト)のリーダーになろうともしてはいなかった。イエスがともに働く仲間を求めた、その働きとは、最初に人間が創造された時の姿、被造世界を守る役割を任された神の似姿としての人間らしさ、尊厳を取り戻すことだったと思われる。
 イエスの時代、イスラエルの民としての誇りも、ユダヤ教徒としての自負も二重三重の支配のもとで人間としての尊厳も蹂躙され、多くの人々が難民化していた。イエスは大勢に対し、まとめて洗礼を授けなかった。多くの病人をまとめて癒すこともなかった。イエスはより多くの苦しみを負わされている人々の方へ近づいて、それぞれの場で、一人一人に福音を伝え、神の似姿としての尊厳、祝福を取り戻すよう働きかけた。そこに“回復”の出来事、奇跡が起こった。
 ヨハネ福音書にのみ出てくる“いちじくの木の下のナタナエル”とは、創造された時の人間の姿を暗喩していると思われる。

 現代日本。大人子ども含め百万人以上ががひきこもる、社会不適応の病める社会。世界には160万床の精神病床があり、日本の人口比率2%から見れば3万2千床位となるはず。が実際は35万床もあり。治療目的(平均20日間)以上に社会を守るための隔離(一年以上入院20万人)床となっている。
 イタリアのトリエステ市では、治療に熱心な医師を中心に精神病院を廃止した。病院の代わりに開始したのが、それぞれの地域における助け合い(友人・ボランティア・医師・介護士・ケアワーカー・心理士など)であり、病める本人の生活の場に駆けつけるアウトリーチ、オープンダイアローグのアプローチだった(手を貸すことができる者が手を貸し、立場を超えて心を交わす作業)。本人の住む場所に出掛ける助け合い。それは江戸時代までのこの国のアプローチ(修験道、東洋医学、手当、民間療法)でもあった。

先週の出来事 (自閉生活)小学生4万人 中学生11万人
15〜39歳54万人 40〜64歳61万人 計およそ130万人‥
(2020年度内閣府推計)人間が社会不適応なのか、社会が人間不適応?なのか。生きづらさだけは確実に深く広がっている。人新世(アントロポセン)に静かに落下していく道なのだろう。

 

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です