20220306 礼拝宣教要旨「狼狽えなくていい」詩篇91 マルコ福音書4章 担当 金田恆孝

Pocket

このエントリーをはてなブックマークに追加

本日の聖書箇所(聖書協会共同訳)
詩編91 16
 いと高き方を隠れ場とする者は  全能者の陰に宿る。
私は主に申し上げる「わが逃れ場、わが城  わが神、わが頼みとする方」と。
 まことに主はあなたを救い出してくださる。
鳥を捕る者の網から  死に至る疫病から。

 主は羽であなたを覆う。あなたはその翼のもとに
逃れる。主のまことは大盾、小盾。
 夜、脅かすものも 昼、飛び来る矢も  あなたは恐れることはない。
闇に忍び寄る疫病も  真昼に襲う病魔も。

 新約聖書 マルコによる福音書4章 35-40節
  さて、その日の夕方になると、イエスは弟子たちに、「向こう岸へ渡ろう」と言われた。
 そこで、彼らは群衆を後に残し、イエスを舟に乗せたまま漕ぎ出した。ほかの舟も一緒であった。すると、激しい突風が起こり、波が舟の中まで入り込み、舟は水浸しになった。 しかし、イエス自身は、艫(とも)の方で枕をして眠っておられた。そこで、弟子たちはイエスを起こして、「先生、私たちが溺れ死んでも、かまわないのですか」と言った。    イエスは起き上がって、風を叱り、湖に、「黙れ。静まれ」と言われた。すると、風はやみ、すっかり凪になった。
 イエスは言われた。「なぜ怖がるのか。まだ信仰がないのか。」

宣教の要旨「狼狽えなくていい」
 受難節の中にいます。世も受難と混迷の中にいます。侵攻中のロシア軍がウクライナ各地と原発を砲撃。日本でも各地で抗議デモ。広がるコロナ禍とワクチン接種証明書の提示義務化の重圧。日本の子どもに対するワクチン接種で議論のないまま接種推進。中国でのパラリンピック開会式における“人権・平和の祭典”アピールと全人代会議。北朝鮮から花火のように打ち上げ続けるミサイル。日本の原発54基の防衛不安。福島原発汚染水の放出計画…。

 不穏な黒雲が近づく時、明らかな「非道」に対しては批判の声を挙げ、弱い立場の人々と連帯しつつ、動物たちに学んで野生の力を呼び起こし、身辺の自由と安全を図り、自然や時代の風を感じ取り、これまで守ってくださった主に感謝しつつ、黒雲の晴れるのを祈り、じっとしているほかはない。“過ぎ越し”の姿勢である。

 が、イエスは“過ぎ越し”の姿勢ではなかった。嵐猛り狂う中に出て行く。周囲が恐怖と混乱の中でパニックを起こしている中で熟睡する。あたかも大人の懐で眠る赤子のごとしである。イエスの、生ける神に対する信頼、信仰とはそういう類いなき信頼に基づく「安心」だったと思われる。しかも、不安に怖じ戸惑い狼狽える者たちを直接叱るのではなく、「嵐」を叱る姿勢は、不安や恐怖でパニックを起こしている人々と神との間をとりなす、癒やしの行為の本質がここにこそあると思われる。

 西洋医学以前のこの国における精神病、相互了解不能となる「気違い」と呼ばれた症状に対して行われた「憑きもの落とし」「狐憑き」「狐を山に返す」の治療があった。イエスの「嵐を叱る」「悪霊を叱る」「悪霊を豚に移す」行為と、通底していると思われる。

先週の出来事
京都市がウクライナ難民受け入れを表明のニュース。国が難民受け入れの具体策、法整備に動き出さないのに、地方都市が受け入れに、先に動き出す。旧優生保護法(1996年まで)のもとで、障害者が不妊手術を強いられていた問題で、明石市の市長は被害者支援金300万円支給する条例制定を発表。地方行政かくあるべし、と拍手を送りたい。

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です