2020年3月15日 受難節第3主日礼拝 レビ記19:14-18 マルコ12:28-34「人を分断するものをなくせ…あとはどうでもいい」

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レビ記1914−18
14
 耳しいを、のろってはならない。目しいの前につまずく物を置いてはならない。あなたの神を恐れなければならない。わたしは主である。15 さばきをするとき、不正を行ってはならない。貧しい者を片よってかばい、力ある者を曲げて助けてはならない。ただ正義をもって隣人をさばかなければならない。16 民のうちを行き巡って、人の悪口を言いふらしてはならない。あなたの隣人の血にかかわる偽証をしてはならない。わたしは主である。17 あなたは心に兄弟を憎んではならない。あなたの隣人をねんごろにいさめて、彼のゆえに罪を身に負ってはならない。18 あなたはあだを返してはならない。あなたの民の人々に恨みをいだいてはならない。あなた自身のようにあなたの隣人を愛さなければならない。わたしは主である。
マルコによる福音書12章28-34節
12:28ひとりの律法学者がきて、彼らが互に論じ合っているのを聞き、またイエスが巧みに答えられたのを認めて、イエスに質問した、「すべてのいましめの中で、どれが第一のものですか」。12:29イエスは答えられた、「第一のいましめはこれである、『イスラエルよ、聞け。主なるわたしたちの神は、ただひとりの主である。12:30[心をつくし、精神をつくし、思いをつくし、力をつくして、主なるあなたの神を愛せよ』。12:31第二はこれである、『自分を愛するようにあなたの隣り人を愛せよ』。これより大事ないましめは、ほかにない」。12:32そこで、この律法学者はイエスに言った、「先生、仰せのとおりです、『神はひとりであって、そのほかに神はない』と言われたのは、ほんとうです。12:33[]また『心をつくし、知恵をつくし、力をつくして神を愛し、また自分を愛するように隣り人を愛する』ということは、すべての燔祭や犠牲よりも、はるかに大事なことです」。12:34イエスは、彼が適切な答をしたのを見て言われた、「あなたは神の国から遠くない」。それから後は、イエスにあえて問う者はなかった。

宣教題【人を分断するものをなくせ。あとはどうでもいい】

 「耳が働かない人のことを無視して話せる人だけで話してはならない。」「視覚にハンディのある人のことを無視した動き方、ものの置き方など生活の仕方をしてはならない。」その社会が便利な人と不便な人を構造として分けてはならない。それが共に生きることだと。

 誰にも好き嫌いはあるが、たとえ社会的弱者などかばいたい人であっても、社会的弱者をかばうのが正義だとする風潮があったとしても、気持ちや感情で良い人悪い人をわけてはならないと。人と人とを分け隔てること自体が罪だと。

 イエスの活動をを押さえ込むために普段は仲が悪い律法学者たちが一致団結して、この世でのしきたりなどについてイエスに論争を仕掛けたがことごとく失敗。いわば“神をこそ求めているならば、この世のしきたりなどどうでもいい”。“自分自身を愛する如く隣人を愛せよ”とは、人と隣人とを分け隔てる壁を作るな。壁があればそれを壊せ、と。

 更に、イエスたちをあげつらう律法学者たちの中からイエスに同調する者が現れ、イエスの言葉を復唱し、これこそ、律法の核心であり、人の罪はここにあるとマルコ福音書の記者は激しく主張していると感じる。

先週の出来事
伝染病の広がりで混乱が広まり、原因やら対策やらで迷信やら妄想が飛び交う。そこで政治のリーダーが軍隊の指揮官の如く、独裁的決断を下し、父権的な呼びかけで人心掌握を図る。それは民主国家の政治的指導者の姿ではない。

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