20201122 東淀川教会礼拝宣教要旨 「命ではなく魂を守る」とは

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ダニエル書7章13-14節
13 私は夜の幻を見ていた。/見よ、人の子のような者が/天の雲に乗って来て/日の老いたる者のところに着き/その前に導かれた。
14 この方に支配権、栄誉、王権が与えられ/諸民族、諸国民、諸言語の者たちすべては/この方に仕える。/その支配は永遠の支配で、過ぎ去ることがなく/その統治は滅びることがない。

黙示録19章11−19節 
11 それから、私は天が開かれているのを見た。すると、白い馬が現れた。それに乗っている方は、「忠実」および「真実」と呼ばれ、正義をもって裁き、また戦われる。
12 その目は燃え盛る炎のようで、頭には多くの王冠を戴き、この方には、自分のほかは誰も知らない名が記されていた。
13 この方は血染めの衣を身にまとい、その名は「神の言葉」と呼ばれた。
14 そして、天の軍勢が白い馬に乗り、白く清い上質の亜麻布を身にまとい、この方に従っていた。
15 この方の口からは、鋭い剣が出ている。諸国の民をそれで打ち倒すのである。また、自ら鉄の杖で彼らを治める。そして、この方はぶどう酒の搾り桶を踏む。そのぶどう酒には、全能者である神の怒りが込められている。
16 この方の衣と腿には、「王の王、主の主」という名が記されていた。
17 また私は、一人の天使が太陽の中に立っているのを見た。この天使は大声で叫び、空高く飛んでいるすべての鳥にこう言った。「さあ、神の大宴会に集まれ。
18 王の肉、将校の肉、権力者たちの肉を食らえ。また、馬とそれに乗る者の肉、あらゆる自由人、奴隷、小さな者や大きな者たちの肉を食らえ。」
19 私は、あの獣と、地上の王たちとその軍勢とが、馬に乗っている方とその軍勢と戦うために、集まっているのを見た。

宣教題「命ではなく魂を守るとは」
マタイ10章28節 体は殺しても、命は殺すことのできない者どもを恐れるな。
マルコ12章 17節 イエスは言われた。「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい。
マルコ12章30節 心を尽くし、魂を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。
 イエスの宣教は、魂の自由、子どもの如く無垢な魂について語り、魂から一番遠いことどもに魂を奪われぬよう語られた(とわたしは理解している)。が、魂から遠いことども、権力、貨幣、国家などと無関係に生きることは困難。一方でイエスは、それらと戦え、とは言わず、右の頬を打たれたら左の頬を…、(危機に瀕したとき)振り返らず山に逃げなさい…銀行に預けなさい…と守り方をも語ったと思われる。

 民衆にとっても、イエスの仲間たちにとっても、イエスによって取り戻した純粋な神へ信頼、無垢な魂を守ることと、そこから最も遠いことどもとどう相渉るかは、イエスの十字架の後も、いつの時代も“差し迫った”緊急課題だった(ハズである)。

ダニエルは夢・幻として(黙示)神が新たな王を送って下さる、というビジョンを示し、新約聖書の最後に置かれている黙示録はイエスが新たな王として登場するビジョンを幻想的に書き記す。

黙示録のイエス像は白い馬に乗り、王冠を戴き、血染めの衣を身にまとい、顔は太陽、目は焔、口からは鋭い剣が出て、鉄の杖で悪しき者ども(全コスモスの支配者)を撃つ、という「力の主」である。民を力や貨幣で支配するのは“大バビロン、地の淫婦”等で描かれる。
 黙示録の成立、著者などは諸説あるが、「アポカリプス(黙示録)」の著者DH(Lawrence, David Herbert Richards,),ロレンス(1885−1930)によれば、ローマ(ドミティアヌス帝)から反乱罪でパトモス島に幽閉されたヨハネがAD95年頃書き記したものという(聖書の専門家でもない彼の説だが、当たっているのではないか。ちなみにロレンスは日本では発禁となった『チャタレー夫人の恋人』の著者)。私の大好きな本のうちの2冊でもあります。

 無垢なる魂(信仰)を守るため、いくつかの流れが生まれた。イエスを十字架に懸けた大バビロン、ローマへの反乱に立ち上がった人々がいた。地下に隠れ住む人々、巨大な岩の断崖絶壁上に教会を築いた人々もいた。信仰を守るために国家を捨て、難民となり世界に散っていき、神の民としてのアイデンティティを守り続けた人々もいた。「やはり我々には国家が必要」と考える人々は彼らの中の一部だと思う。

 難民排斥、弱者高齢者囲い込み、医療や検査の強制など不気味な足音が近づく。 
 純粋無垢な魂や信仰、共同体と、もっとも遠いところにある権力や貨幣経済や国家システム、ネットワークシステムなどとの折り合いをどう考えるか、魂の自由を求める人にとって、差し迫ったやるせない課題だと思われる。

先週の出来事

ベトナムや中国、その他海外からの技能実習生・留学生(実際は使い捨て低賃金労働者、40万人?)がコロナ禍でそれまでの仕事に日本の若者が就労し、海外からの彼らに仕事がなく、自国に帰ることもできず、家畜や果物を盗んだと逮捕されるなどのニュースがいくつか小さく報道されている。わたしたちの歩いている足下の下は、感じている以上に地盤が液状化、あるいは空洞化しているのではないだろうか。

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