20220612 宣教要旨「毒麦は初期キリスト教会の付加」マタイ福音書13章 担当:金田恆孝

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20220612 聖霊降臨節第二主日礼拝 こどもの日花の日
聖書 マタイによる福音書13章24〜33節 36〜40節
宣教タイトル「毒麦の喩えは初期キリスト教会の付加」 担当:金田恆孝

 マタイによる福音書13章 24-33節 
 イエスは、別のたとえを彼らに示して言われた。「天の国は、良い種を畑に蒔いた人に似ている。人々が眠っている間に、敵が来て、麦の中に毒麦を蒔いて行った。芽が出て、実を結ぶと、毒麦も現れた。僕たちが主人のところに来て言った。『ご主人様、畑には良い種をお蒔きになったではありませんか。どうして毒麦が生えたのでしょう。』主人は、『敵の仕業だ』と言った。そこで、僕たちが、『では、行って抜き集めておきましょうか』と言うと、主人は言った。『いや、毒麦を集めるとき、麦まで一緒に抜くかもしれない。 刈り入れまで両方とも育つままにしておきなさい。刈り入れの時、「まず毒麦を集め、焼くために束にし、麦のほうは集めて倉に納めなさい」と刈り取る者に言いつけよう。』」また、別のたとえを彼らに示して言われた。「天の国は、からし種に似ている。人がこれを取って畑に蒔くと、どんな種よりも小さいのに、成長するとどの野菜よりも大きくなり、空の鳥が来て枝に巣を作るほどの木になる。」また、別のたとえをお話しになった。「天の国は、パン種に似ている。女がこれを取って三サトンの小麦粉に混ぜると、やがて全体が膨らむ。」

  マタイによる福音書13章36-40節
 それから、イエスは群衆を後に残して家にお入りになった。すると、弟子たちが御もとに来て、「畑の毒麦のたとえを説明してください」と言った。イエスはお答えになった。「良い種を蒔く者は人の子、畑は世界、良い種は御国の子ら、毒麦は悪い者の子らである。毒麦を蒔いた敵は悪魔、刈り入れは世の終わりのことで、刈り取る者は天使たちである。毒麦が集められて火で焼かれるように、世の終わりにもそうなるのだ。

 宣教の要旨「毒麦の喩えは初期キリスト教会の付加」

マタイによる福音書が記されたのは紀元80〜85年頃と言われている。イエスの十字架から50年、半世紀以上経ってからの書であり、イエスこそユダヤ教で待望されたメシア、救い主であり、ユダヤ教やイスラエル民族を越えた「神の国」をもたらす王であるという「キリスト教」が生まれた後の福音書です。それはイスラエル民族宗教、律法に基づくユダヤ教と真っ向から敵対する教義・教えだったわけです。使徒パウロの初期の手紙「テサロニケの信徒への手紙」は紀元50年ごろ書かれていたようですから、この頃にはすでにイエスを神の国の王とする理論、神学は成立しており、ローマへの反乱分子を摘発するローマ側や、ユダヤ教の根幹にある「律法」を否定するような教義を許さない、ユダヤ教からの攻撃からキリスト教会・教団を守らなければならなかった。その戦闘性の象徴として、この『毒麦』のメッセージをイエスの言葉として記さなければならなかった事情があり、そこでイエスの「神の国メッセージ」に教団の“教義”が付加されたと考えられます。
イエスは自身を待望されているメシアと語らなかったし、そのような自覚もなかった。食べ物に困っている人々と食糧を分かち合う、倒れている旅人がいれば民族も関係なくいっぱいの水を持って駆けつける、そのような小さなわざ、実践が巨大な「神の国」をつくることになる、というのがイエスの宣教でした。「死」については、全ての人の命は神によって吹き込まれ、全神の子であるての人は神の元に帰る、それ以上のことは語らなかったし、囁かれていた「終末」について語らなかった。世の終わりについて問われれば、誰も知らないしわからない(マルコ13:32)としか答えなかった。イエスは「本物」と「偽物」、「味方」と「敵」を分ける“毒麦”について語らなかった。それが必要だったのが初期キリスト教団(教会)でした。
民全体の最後の審判と選民復活の教義は原始キリスト教団・パウロたち以降です。“毒麦”はキリスト教会に潜り込んでいる反対者(スパイ)摘発、キリスト教を認めないユダヤ教徒排除の教義が必要だったのであり、イエスの言葉として残す必要があった。

この“毒麦”の教義が盛んに用いられた事例がナチス・ヒットラー支配下におけるプロテスタント教会に広まった『積極的キリスト教』の礼拝においてだった。“毒”はユダヤ人であり、イエスを迫害した毒。キリスト教からユダヤ教(旧約聖書)を排除し、ユダヤ教と戦うイエスを中心としたキリスト教を「積極的キリスト教」とし、最高祭祀をヒットラーとした。マルティン・ルターも「ユダヤ人は家系や割礼を誇りとし、近代法を汚す下劣な偶像崇拝者であり、シナゴーグを焼き払い、ラビを処刑し、財産を没収し、ユダヤ人を農奴として働かせるべき」と説いてユダヤ人迫害を支持した。

Die große Feier des Luthertages im Lustgarten in Berlin! Bischof Hossenfelder hält die Ansprache auf der Rampe des Berliner Schlosses im Lustgarten. 19.11.1933
1933年ベルリンで「ルターの日」を祝うドイツ的キリスト者の信徒とヨアヒム・ホッセンフェルダー(ドイツ語版)監督の説教。

Die feierliche Einführung des Reichsbischof Ludwig Müller im Dom zu Berlin! Der Reichsbischof Ludwig Müller am Rednerpult während seiner Ansprache an die Gemeinde der Deutschen Christen vor dem Berliner Dom.
ドイツ的キリスト者の大会で説教する帝国監督ルートヴィヒ・ミュラー(ドイツ語版)

ナチスにとってユダヤ民族こそが「毒麦」であり、毒麦だからこそ焼き払う、ユダヤ人の命の処分の正当化にこの「聖句」が用いられた。

今、現代は、ナチズム発生前のドイツに似ていると感じられる。排外主義、レイシズム、ヘイトが煽られ、軍事力・戦闘体制が強化され、社会的弱者は国家にとって手枷足枷でしかなく、排除するのが正義「相模原障害者施設殺傷事件」の感覚が、闇の世界に広げられている。武力と財力を兼ね備えた美しい国日本こそが選民である日本国民を守る、というマインドコントロール・心理操作が進みそうな気配。イエスの「絶えず眼を醒ましていなさい」の声を聞き続けたい。

先週の出来事
国税局職員も含まれていた給付金詐欺事件が続いている。騙し取った方が悪いのは当たり前だが、騙し取られた方が、個人ならいざ知らず、巨額の公的税金を取り扱う公的機関のずさんなお金の取り扱い、管理システムの問題について、責任追及があまりなされていないように感じられる。

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