20230702 東淀川教会宣教要旨「糞の恵み」イザヤ書36章 エゼキエル書4章 マタイ福音書7章 マルコ福音書7章

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本日の聖書箇所

イザヤ書36章 12節

だがラブ・シャケは答えた。「主君が私を派遣されたのは、お前の主君やお前にだけ、これらのことを伝えるためだというのか。むしろ、城壁の上に座っている者たちのためではないか。彼らもお前たちと一緒に、自分の糞尿を飲み食いするようになるのだ。」


エゼキエル書/ 04章 15節

すると主は私に言われた。「私はあなたに人糞の代わりに牛糞を与える。あなたはその上で自分のパン(大麦)を焼きなさい。」


マタイによる福音書7章 13-14節

「狭い門から入りなさい。滅びに至る門は大きく、その道も広い。そして、そこから入る者は多い。
命に通じる門は狭く、その道も細い。そして、それを見いだす者は少ない。」


 マルコによる福音書7章 15-23節

外から人に入って、人を汚すことのできるものは何もなく、人から出て来るものが人を汚すのである。」✝聞く耳のある者は聞きなさい。
イエスが群衆と別れて家に入られると、弟子たちはこのたとえについて尋ねた。
イエスは言われた。「あなたがたも、そんなに物分かりが悪いのか。すべて外から人に入って来るものは、人を汚すことができないことが分からないのか。
それは人の心に入るのではなく、腹に入り、そして外に出されるのだ。」このようにイエスは、すべての食べ物を清いものとし、さらに言われた。「人から出て来るもの、これが人を汚す。
中から、つまり人の心から、悪い思いが出て来る。淫行、盗み、殺人、姦淫、貪欲、悪意、欺き、放縦、妬み、冒瀆、高慢、愚かさ、これらの悪はみな中から出て来て、人を汚すのである。」



マルコによる福音書7章 19-20節(口語訳)

それは人の心の中にはいるのではなく、腹の中にはいり、そして、外に出て行くだけである」。イエスはこのように、どんな食物でもきよいものとされた。さらに言われた、「人から出て来るもの、それが人をけがすのである。」

 

宣教要旨「糞の恵み」

かつて「糞」は、身近な恵みでした。イザヤ書36章では、戦の籠城における餓死の極みで、糞尿を飲み食いし餓死を免れる姿が描かれている。エゼキエル書4章では、人糞や動物の糞が燃料として役立っていたことを表しています。
 そもそも日本語の「糞」という漢字は、食べてお腹に入ったお米の姿が異なっただけ、という理解を表現しています。差別や嫌悪の対象ではありません。現代社会で最高級と呼ばれる化粧品にも「糞」の成分が混ぜられており、魅惑的な香りの中で「ホッとする、どこか懐かしい、落ち着きをもたらす」香りの働きをしているようです。

 イエスの「狭い門から入りなさい」は、多数の選択に紛れ込んで「安全容易」に逃げるのではなく、自分だけの「課題」を選択し、努力しなさい…という「教育的説教」に用いられることが多い聖句です。イエスはそのような教育的説教は殆どしていない。身体と心を清く保たなければならない(自身を聖別しなければならない)と考える指導者たち権力者たちエラいさんたちから、食事の前に手を洗わないことを律法違反として非難され続けていました。


 聖句に、すでに(口から入るものは浄い)(身体から糞尿として出ていくものが汚い)という、清濁二元論が入り込んでいる。イエスは糞尿差別はしていない。口語訳聖書の「清いものが外にでていっただけ」で、全てが清められている、という表現が、イエスのオリジナルに近いと思われます。


 エルサレム旧市街の都市生活。東京ドーム21個分 神殿の丘(岩のドーム)東側 最も華やかな黄金の門 北東のライオン門、キリスト教区聖墳墓教会の近くの新門等が有名。南東のユダヤ人地区の嘆きの門に近い糞門 エルサレム市街から運び出される「糞」は「糞門」から運び出され、貧しい人々の暮らし働くヒンノムの丘へと運ばれていった。
「狭い門から入りなさい」とは明らかに、自分自身を清く保とうとする気取りからもっとも遠い、地べたに密着した人々が通る糞門から一緒に出入りしようではないか、メッセージに聞こえます。

 イランやエジプトの鳩の塔(10〜15メートル)。内部に鳩の巣 鳩の糞と人糞、動物の糞を混ぜて有機肥料が作られていた。イエメンの日干しレンガによる集合住宅5〜6階。一定方角の角にエレベーターホールのような縦穴が通っており、一階は人糞家畜糞の肥だめがあり、定期的に回収され、菜園の肥料の他、燃料作りがなされ、共同大衆浴場の燃料として用いられたとのこと(中東、モンゴルの遊牧民の燃料作り)。

 南太平洋ナウル共和国 品川区の面積21㎢ 人口12,500人。1888年ドイツの植民地時代に島全体がリン鉱石(海鳥の糞が堆積)と判明(このリン鉱石は金属加工やら染料やら医薬品やらの原料としてとても高価なものらしい)。

 採掘は外国人難民を採用し、国のGNP(国民総生産)は2万ドルでアメリカ合衆国の約1.5倍で世界一。国民の10%公務員、無職90%で成金生活。1942年日本軍が占領し1200人死亡。戦後も国民の90%が肥満、30%が糖尿病。精神まで蝕まれ、アル中が増え勤労意欲は喪失。現在はオーストラリアへの不法入国者の収容施設化が目論まれているとか。海鳥の糞が膨大な銭をもたらしたために、労働からも自然からも離れて心身ともに病んでいる状態。
「病膏肓(やまいこうこう)に入る」の意味は、悪癖が止まらず、重篤になった状態らしい。ナウル共和国の病理は、糞からも自然の豊さを受け取る農業や漁業や手工業からも離れ、20世紀までの、銭の豊さに溺れた現代日本の病理と大きく重なっているようにも感じられます。

 ヨハネ福音書と共観福音書の大きな隔たりに留意しつつ、今という時代の中で、イエスたちの働きに注視し、そのメッセージに耳を傾けたい。

先週の出来事

 マイナンバーカードの返納が広がっている様子。もっとも大きな抵抗感や不安は、「私」のカードなのに、ここにどのような「私」の情報が書き込まれているのかを自分で確かめる術がないことなのだろう。銀行預金のお金の流れやローンや、道路交通法違反歴や補導歴や逮捕歴や前科、家族関係やらはたまた離婚歴なども、必要とあらばこのカードから引っ張り出されるのではないかという不安は拭い切れない。

 

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